遺産分割において鑑定が必要になるとき

遺産分割において鑑定が必要になるとき

1 相続発生時における権利関係(遺産共有)

 相続が発生し,法定相続人が数人いる場合,民法898条は「相続人が数人あるときは,相続財産は,その共有に属する。」と定めており,遺産の共有関係が生じます。この状態を「遺産共有」と言います。

 そのため,遺産分割が行われるまでは,現金,株式などの有価証券,不動産,貴金属などの遺産について,各相続人が法定相続分の応じて共有持分を有することになります。

 これに対し,金銭債権等の可分債権(民法427条,貸金債権など)については,遺産分割を経ることなく,当然に相続分に応じて分割されることになります。そのため,金銭債権等の可分債権は,遺産分割協議の対象となる財産にはあたらないことになります。

 もっとも,預貯金債権は可分債権にあたりますが,『共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,の対象となる。』(最大決平成28年12月19日)とされており,遺産分割協議の対象となります。

2 具体的な分割方法 

 遺産には,その性質上,現金,預貯金,株式等の有価証券などのように分けることが容易なものと,不動産,貴金属のように物理的に分けることが困難なものがあります。

 そして,遺産を分割する方法としては,①現物分割,②代償分割,③換価分割があります。

(1)現物分割

 ①現物分割は,遺産を現物のまま,その性質,性状を変えないで分割する方法です。

 現金,預貯金など分けることが容易なものを法定相続分に応じて分割することは①現物分割にあたります。

 不動産のように物理的に分けることが困難なものであっても,例えば,相続人が長男A,二男B,長女Cの3人で,相続財産が土地甲,土地乙,土地丙のようなケースにおいて,長男Aが土地甲,二男Bが土地乙,長女Cが土地丙を相続する分割方法は①現物分割にあたります。

 相続財産が土地丁だけのケースにおいて,土地丁を3筆の土地に分筆してそれぞれ1筆ずつ土地を相続する方法も①現物分割の一つです。

(2)代償分割

 ②代償分割は,遺産の現物は相続人の一人が取得することとし,その取得者が,他の相続人に対して,相当額の代償金を支払う分割方法です。他の遺産分割方法と二者択一の関係にはなく,一部の相続財産につき,②代償分割が行われることもあります。

 相続財産が土地丁,預貯金のケースにおいて,長男Aが土地丁を単独取得し,二男B,長女Cに対して,それぞれ代償金を支払い,預貯金を法定相続分で分割する場合は,土地につき②代償分割,預貯金につき①現物分割が行われたことになります。

 相続財産が預貯金だけのケースでも,解約手続の便宜上,長男Aが預貯金を単独取得し,二男B,長女Cに対して,それぞれ法定相続分相当額の代償金を支払う分割(②代償分割)が行われることもあります。

(3)換価分割

 ③換価分割は,遺産を売却して金銭に換え,その売却代金を相続人で分割する方法です。③換価分割も他の遺産分割方法と二者択一の関係にはなく,一部の相続財産につき,③換価分割が行われることもあります。

 相続財産が土地丁(売却代金から諸経費を控除した残額が900万円),預貯金(残高600万円)のケースにおいて,各相続人が売却代金から300万円ずつを取得し,預貯金から200万円ずつを相続する場合は,土地につき③換価分割,預貯金につき①現物分割が行われたことになります。

3 鑑定が必要となる場面について

 ①現物分割,②代償分割の場合には,相続人間で評価額に合意ができれば,鑑定は不要です。③換価分割の場合には,できる限り高く売却することが相続人間で共通の利益となるため,鑑定を行って評価額を確定する必要性に乏しいことになります。

 そのため,遺産分割において鑑定が行われる可能性があるのは,①現物分割,②換価分割の場合で,相続人間において評価額の合意ができない場面が考えられます。

 ①現物分割の場合,例えば「相続人が長男A,二男B,長女Cの3人で,相続財産が土地甲,土地乙,土地丙」というケースにおいて,長男Aが土地甲,二男Bが土地乙,長女Cが土地丙を相続する場合,それぞれの土地の価値が同じか,異なっていても当事者間の合意があれば,そのまま現物分割することになります。

 しかし,それぞれの土地の価値が異なり,当事者間の合意が得られない場合には,代償金で調整が必要になる可能性もあります(一部代償分割となるケース)。

 ②代償分割の場合でも,例えば「相続人が長男A,二男B,長女Cの3人で,相続財産が土地丁,預貯金」というケースにおいて,土地丁を単独取得し,二男B,長女Cに対して,それぞれ代償金を支払う場合,土地丁の評価額によって代償金の金額が変わってくることになります。

 調停事件においては,一般的に自らが相続する土地については低く評価し,他の相続人が相続する土地については高く評価することがあります。例えば,長男Aが相続を希望している土地甲につき,長男Aは1000万円,二男Bと長女Cは2000万円と主張するようなことです。

 このような場合には,先ずは各相続人が不動産業者などから見積書,査定書を取得し,その平均額をもって評価額とする方法があります。このような方法は,鑑定をして費用負担を避けながらも,不動産業者の意見を参考にするものであり,最終的には当事者全員の合意によって評価額が定まります。

 しかし,当事者間における評価額の主張が乖離しており,当事者全員での合意が困難な場合には,当事者が鑑定費用を負担して不動産鑑定士による鑑定を実施して,相続財産の評価額を定めていくことになります。

 実際に調停事件において鑑定を実施するケースは多くはないと思われますが,審判事件に移行してもなお評価額について当事者間の合意が得られないようなケースでは,鑑定が実施されることになります。

                                  以上